朝クラ
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世界で活躍する音楽家との対談 Vol.2~指揮者 マッシミリアーノ・カルディ氏~<後編>

こんにちは!イタリア・ミラノ留学中の清水優美です。
今回は、前半に引き続き、世界で活躍する音楽家との対談シリーズとして、イタリア人指揮者のマッシミリアーノ・カルディ氏にお話を伺いました。
カルディ氏は、1967年イタリアのミラノに生まれ、音楽院を卒業した後、ポーランドのフィーテルベルグ国際指揮者コンクールで優勝。現在は、サブカルパティアン交響楽団 “A.マラヴスキ”の首席指揮者としてご活躍中です。

 


© Dariusz Kulesza

 

前半では、音楽や指揮に目覚めたきっかけや師匠とのエピソード、ご自身のポーランドでのキャリアについてお話いただきましたが、後半の今回は、イタリアとポーランドの音楽界の違いや、新型コロナにおける現在の音楽界の状況などをお伺いしました。対談の最後には、音楽を学んでいる学生へ向けてのアドバイスもいただきましたので、ぜひ最後までお読みください!
(対談は、2020年11月30日夜。カルディ氏は、ポーランド・クラクフ交響楽団とのライブストリーミングコンサートの為に滞在中であったクラクフのホテルから、スカイプで対談に応じて下さいました。)

 


© Dariusz Kulesza

 

-さて、(前半では)ポーランドでのマエストロのキャリアについてお話いただきましたが、マエストロの生まれ故郷であるイタリアとの関係も交えながら、もう少しお話を伺いたいと思います。イタリアと、マエストロが大部分のお仕事をされているポーランドでは、文化レベルの違いは感じられますか?残念ながら、クラシック音楽が語られる際に、ポーランドという国が一番に思いつく人は多くはないですよね…。

カルディ氏)はい、まさに昨日、ポーランドの素晴らしい文化について何も知らなかった私の友人とも話していたところでした。国のイメージとしてはとても控えめなのですが、この20年で経済成長を遂げています。

 

-そうなのですね!マエストロは、ポーランド語もお話になるのですよね?
カルディ氏)そうですね、1999年のコンサートの後、ポーランドに定期的に来るようになり、多方面から現地の室内管弦楽団の指揮者としてのオファーをいただくようになりました。ポーランド語は、2005年に勉強し始めて、2006年には軽く会話ができるくらいになっていました。

 

-ポーランド語は、一般的にとても難しい言語だと言われていますよね。
カルディ氏)ポーランド語を話すことも、会話を理解することもできますが、テレビの内容はわからないと感じることがありますね。よく知っているトピックだとしたら、話すことも難しくないです。インタビューもポーランド語で受けていますよ!

 

-音楽家の耳は言語を学ぶのにも長けているのでしょうか…
カルディ氏)それはあると思います。でも、私の場合は、(仕事をしていた)ポーランドのオーケストラの前で“必ずポーランド語を話せるようになる!”と宣言して、実行しました。

 

-さて、話題を戻して、イタリアとポーランドの音楽界の違いについてお伺いできますでしょうか?
カルディ氏)一番著しい違いといえば、選曲ですね。例えばイタリアでは、オペラが一番多く上演されるので、オペラ劇場(以下「劇場」と表記)がたくさんあります。
一方で、ポーランドは、コンサートホールが多いですね。劇場はそう多くなく、クオリティもイタリアと比べるとそう高くないです。でも、室内楽がよく知られています。
今朝撮影したようなクラクフのコンサートホールの写真をイタリアの人たちに送ると、“素敵な劇場だね!”とみんな言います。でも、私は毎回、その違いを説明しなければならなくて、“これはコンサートホールであって、劇場とは違うんだ。車で言ったら、サルーンとエステートカーくらい違うよ!” と言っています。

 


(2018年ロシア・サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団と共に)

-クラシックカーの愛好家でいらっしゃる、マエストロらしい例えですね!笑
カルディ氏)あはは!まあ、車はひとつの例えだけれど、コンサートホールと劇場は同じものではないのです。もしポーランドのタクシー運転手に“劇場に連れて言ってください”と言ったら、いつまで経ってもコンサートホールに着くことはできないでしょう…。「クラクフフィルハーモニーのコンサートホールに行ってください」と言わなければいけません。

他のイタリアとポーランド音楽界の大きな違いと言ったら、ポーランドでは、私の(指揮者という)職業に対してリスペクトがあるのに対し、イタリアでは多くの人が(指揮者は本業ではないという前提で)“本業は何ですか?”と聞いて来ることです。

私は、これまでの音楽家のキャリアの中で受けた質問をリストにしているのですが(笑)、もし将来自伝を書くことがあるとしたら、タイトルは“Grand Piano Graduate” と決めています。というのも、あるイタリア人のジャーナリストから、“マエストロは、(アップライトピアノではなく)グランドピアノで音楽院を卒業されたのですよね?”とインタビューの中で質問されたのです。これ、本当の話ですよ。私は、“もっと細かく言うなら、スタンウェイのグランドピアノで卒業しました”と答えましたが(苦笑)

 

-なんと!マエストロはヤマハはお弾きにならないのですね!
カルディ氏)そうそう!だから私の本のタイトルをこれに決めました。

 

-…と言うのは冗談で、この話を聞いて少し悲しくなってしまいました。
カルディ氏)この質問を受けたのは、イタリアだけだということ、信じられますか?かの有名な作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ、ロッシーニ、ドニゼッティ、プッチーニだってイタリア生まれですし、ミラノのスカラ座やヴェネツィアのフェニーチェ劇場だって、イタリアにあります。ベルカント、オペラは全部イタリア発の芸術なのですよ!イタリア人指揮者のリッカルド・ムーティー氏がイタリアは全部、(他国に)売ってしまった、とおっしゃっていたのも頷けます。モンテヴェルディの研究者だって、今は(イタリア国内ではなく)オランダやスウェーデンが主な拠点になっているのです。これらは、イタリア全体の深刻な課題ですね。例えば、素晴らしい車を開発したイタリア車メーカーのフィアットだって、全ていまは売却してしまって、アメリカの会社です。同じことが、楽譜出版社のリコルディでも起こっていて、今はドイツの会社になってしまいました。これらの全てのものを売ってしまったイタリアだからこそ、私に本業は何か、と尋ねる人々が現れてくるのですよね…。イタリアは全てを失ってしまったのです。人々は、カラヤンと共に指揮者の父と言われた、トスカニーニが誰かさえも知らないのです。

 

(2018年トリノにて)

 

-いまマエストロがおっしゃったこと、私もロックダウンの間に考えていました。たとえ劇場を開けることがウイルスと直接関係がなくても、イタリアの劇場は、(ロックダウンが始まるとすぐに)閉鎖になってしまいました。イタリアは、音楽の国であるべきなのに、もはやいまはそうではないのかもしれません。
カルディ氏)まさにそうですね。他の大部分の国は、閉鎖にすることはなかった。例えば、ポルトガルの劇場は未だに公演が行われています。(11月30日のインタビュー当時)

 

-本当ですね…。さて、ちょうど話題が出たので、ロックダウン期間についてお話を伺いたいと思います。長期間のロックダウンの間、マエストロは何を考えておられましたか?また、海外で働くイタリア人として、イタリアと他のヨーロッパの国々の状況についてどう思われますか?
カルディ氏)コンサートホールや映画館、展覧会、美術館、レストランなどは、ポーランドでも閉鎖されています。学校もオンライン授業なので、イタリアと状況は似ていますね。コンサートは、残念なことにストリーミング配信で、無観客です。

 

-マエストロは無観客コンサートでいくつか指揮をしていらっしゃいましたが、どのような感覚を持たれましたか?また、指揮者の視点から、この新しい音楽の届け方についてどの様にお考えですか?
カルディ氏)今のところ、2つの無観客・ストリーミングコンサートを指揮しましたが、8月~10月に少人数の観客ありで行われた生のコンサートと比べると、私はこの新しい形式(無観客・ストリーミングコンサート)が好きです。観客が少なすぎるコンサートは、顔の表情が見えなくなるマスクも義務ですから、彼らが笑顔かどうかもわからないのです。だから、3席に1人しか座れないほとんど空のコンサートホールより、新しい形式(無観客)の方がいいですね。技術的なことですが、素材を確保する為に全て2回演奏しますから、後からカット・トリミングをする必要がありません。だから、音声とビデオがずれる事を避ける事もできますね。

(2020年ローマでのストリーミングコンサートにて)

 

-それに加え、ストリーミングコンサートでは、生のコンサートより多くの人に観てもらえる可能性がありますし、観客がコンサート中にコメントすることもできますよね!
カルディ氏)そうそう、これらは、評価されるべきことです。観客がメッセージを送ることができ、コンサート後にはアーティスト本人から返事をもらうことができる。私の知り合いの方が何人か、この新しいアプローチは、生のコンサートよりもいいかも、と言っていました。
それは映画について議論し合うシネクラブを思い出させます。もちろんこの状況は一時的な解決策だと思いたいですが…そうでないと人々は劇場やコンサートホールに行かなくなってしまいますからね。でも、パンデミックが落ち着いた後でも、ストリーミングコンサートも何回かに1回は、良いかもしれません。

 

-私も、パンデミック後のクラシック音楽界がどの様になっていくか想像がつきません。けれども、マエストロがおっしゃる様に、ストリーミングコンサートが増えすぎてしまうと、人々は生のコンサートに行かなくなりそうです。
カルディ氏)そう、一時的な解決策でなければならないですね。

 

-最後のご質問です。今の大変な状況において、世界中の若い音楽学生たちへ向けて何かアドバイスをお願いできますでしょうか?
カルディ氏)難しい質問ですね。私自身、最初のロックダウンの間とても落ち込みました。特に苦しかったのは、コロナの状況が良くなり少しずつ音楽界も動き始めた2020年5月以降、私の周りはなかなか動き出さなかった時期です。
アドバイスとしては、学生さんたちは、今は勉強に集中して、状況をうかがうべきかと。と、同時に色々な人へコンタクトを取り続ける。私は、仕事に繋がりそうなところには、メールや電話で連絡を取り続けています。5月にこうしたことをしていたので、今回(2020年11月インタビュー直後のコンサート)や2021年のストリーミングコンサートに繋がったのです。だから、PRとそれを更新し続けることは大切で、一人でいすぎない方が良いと思います。バーチャルだけれども、外の世界に出る!厳しい状況であっても、いくらか新しい可能性が広がっていくはずです。私もその時(5月)は想像できなかったですが、だんだんと広がっていきました。

 

-ありがとうございます。マエストロが最近特に興味深いと感じたプロジェクトはありますか?クリエイティブで、真新しいような…
カルディ氏)ううん…あまり思い浮かびませんが、スカラ座のプロジェクトでしょうか。(当初12月7日に予定されていた)オペラ《ランメルモールのルチア》がキャンセルされてしまいましたが、その代替公演(※)が面白そうですね。絶対的に何か新しいことというか…私の生徒にもいつも言っているのですが、自分が人より優れているもの、秀でているものを見つけないといけません。私が指揮を始めたときと時代が変わってしまって、残念ながら今は、専門性が求められますし、明確なポジショニングをしなければいけません。独自性もね。何か独自性を兼ね備えた、自分が興味のあることを見つけたら、母国やその他の国の劇場・団体に提案に行って観たら良いと思います。インターネットは、これらを挑戦するにあったって、非常に良いツールですね。私たちの時代には存在すらしませんでした。
※スカラ座の今シーズン開幕公演であったオペラ《ランメルモールのルチア》がキャンセルされたが、大規模なセット、豪華な衣装を使い、オペラ歌手たちによるコンサート形式で公演が行われた。

 

-インターネット上には情報に溢れていますが、それによるリスクはないのでしょうか?可能性がありすぎることで、混乱して方向を見失うリスクというか…
カルディ氏)そう、だからこそ、何か特別なユニークなもの、過去に他の人が成し得なかった様なことを見つけなければならないのです。でも、これは私の提案の1つであって、他のアプローチはありますし、唯一のアドバイスというわけではありません。インタビューの前半で話したように、私自身、自分のキャリアがどうやって始まったのかも、いまだにわかっていないのですから!

 

(Gdansk, february 2019 ©Paweł Jaremczuk)

 

-マエストロ、貴重なお話をありがとうございました。とても内容の濃いインタビューになりました!
カルディ氏)こちらこそ!

 

Massimiliano Caldi (マッシミリアーノ・カルディ)
公式HP: http://massimilianocaldi.it
公式Facebook: https://www.facebook.com/massimilianocaldidirettore
お問い合わせ先: massimilianocaldi@gmail.com

 

Youtube
VERDI – Coro degli zingari from ‘Il trovatore’

 

VERDI – Zingarelle e mattadori from ‘La traviata’