朝クラ
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イタリア留学情報ページ『Vissi d’arte, vissi d’amore』Vol.9 ~先輩へのインタビューその6 栗原峻希さん~

こんにちは!イタリア・ミラノ留学中の清水優美(しみずゆみ)です。

今回のインタビューは、東京藝術大学声楽科卒業後、同大学院を修了し、現在は文化庁新進芸術家海外研修員としてイタリア・ミラノに留学中のバリトン・栗原峻希(くりはらたかき)さん。

 

 

イタリア国内はもちろん、ヨーロッパやアメリカまで活動の幅を広げ、様々なコンクールやオペラにもご出演されている栗原さんにお話しを伺いました。

 

-この度は、インタビューをお引き受けくださり、ありがとうございます!よろしくお願いします。

 

栗原) こちらこそ、ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いいたします!

 

-さて、早速ですが、栗原さんが音楽を始めたきっかけは何でしたか?またそれはいつ頃のことでしたか?

 

栗原) 僕の故郷は田舎で、クラシックなんてほとんど聴いたこともなかったのですが、中学生の時に、父の持っていたカラヤン全集を興味本位で聴いたのがきっかけでした。プッチーニ作曲のマノン・レスコーの間奏曲を聴いて、なんて素晴らしい曲なんだと。当時、のだめカンタービレが流行っていたのもきっかけで、クラシックに強く興味を持ちました。

将来音楽の先生になりたいと思い、高校に入って地元にいらっしゃる声楽の先生に声をきいて頂いたところ、音楽を専門的に勉強した方が良いと仰って頂き、そこで人生が変わった、その感覚をいまだに覚えています。

 

-そうだったのですね!お父様がお持ちだったカラヤンのCDをきっかけに、素敵な先生との出会い…栗原さんの音楽人生はそこから始まったのですね。その後、地元富山県の高校、東京藝術大学・大学院と進まれましたが、学生生活はどのようなものでしたか?専門としていた分野や得意なレパートリーなども、ぜひお聞かせいただけたら嬉しいです。

 

栗原) 高校はオーケストラ部がある高校に進学して、チェロを部活で弾いていました。県内では唯一音楽コースもある高校だったのですが、僕は普通科に在籍していて高校の途中から藝大を目指し、それから必死にソルフェージュを勉強しました。それから、藝大、同大学院と進学しオペラを勉強しました。昔からイタリア・オペラは好きで、イタリア古典、トスティの歌曲から始めて、モーツァルト、ロッシーニ、ベッリー二、ドニゼッティのオペラをよく歌っていました。実はそれと同じくらいに、ドイツリートも勉強しておりました。

 

(芸大オペラで〈フィガロの結婚〉のアルマヴィーヴァ伯爵を演じた時。)

 

-普通科から音楽系の大学を目指すとなると、ソルフェージュの準備が大変ですよね…私も普通科だったので苦労した思い出があります(笑)イタリア・オペラも、ドイツリートも、たくさん学ばれた大学・大学院時代を経て、イタリアでの留学を考え始めたのは、いつ頃からでしたか?きっかけはどんなことでしたか?

 

栗原) 十九歳の時、藝大の学部1年生の時に友人とイタリアに初めて来た時から、ずっとここに留学する事が夢でした。それまでは海外に出たこともなく、イタリアに来るまでは、凄く遠い話のように感じていたのが、この地に降りて数日過ごすうちに、ここで生活したいという強い欲求に変わりました。

この文化にあふれたオペラ発祥のイタリアの地で、当たり前だけれど、皆がイタリア語を話すこの地で生活したいと。それから後の大学生活では、常に頭の中にイタリアがありました。

 

(芸大オペラで〈コジ・ファン・トゥッテ〉のグリエルモを演じた時。)

 

-言葉にはできなくとも、何か運命的な感覚でしょうか。留学先は、勉強したいことが実現できる場所であることは大前提ですが、自分の感覚と合っていることも大切ですよね。さてその後、留学準備はいつ頃から始めましたか?準備で大変だったことはありましたか?

 

栗原) 留学準備は、大学院の最後の年に急ピッチで進めました。ビザは現地の語学学校からで、すんなり取れたので、日本の準備段階では全然問題がなかったのですが、イタリアに来てからの滞在許可証の申請が本当に大変でした。申請の為の警察のアポの日が勝手に決められてしまうし(しかも3ヶ月後)、警察に行って、アポの日程の変更をお願いしたら「このアポの日が過ぎたらまた来てよ」って、わけのわからない事を言われるし。本当に、現地の理不尽さはどうしようもないですね。

 

-現地での手続きは、日本の様に思い通りに行かないことが多いですよね…。手続き関連のご質問なのですが、留学に際しての奨学金はどのように探し、準備されましたか?

 

栗原) インターネットで色々と海外留学用の奨学金を探しました。意外と沢山あるんだなぁと思ったのが、最初の素直な印象でした。以前にその奨学金をとられた先輩方に、色々と対策を教わったのが主な準備でしたね。最初は、野村財団から奨学金を頂き、今は文化庁の海外研修生として留学しております。

 

(スイスのグシュタード・フェスティバルで行なわれたマスタークラスのコンサートにて)

 

-ご経験のある先輩方にお話をお聞きになったのですね。私も留学に際して、沢山の先輩方にお世話になりました。実際の留学生活はいかがですか?

 

栗原) 素晴らしいです。一度海外に出てしまえば、イタリアからアメリカも、イギリスも、ドイツでもどこでも凄く近くなり、夢にまでみた伝説の歌手たちに会いに行く事も、そう難しい話ではなくなってきます。

シェリル・ミルンズやチェチーリア・バルトリ、レナータ・スコットなどの歌手たちに実際に出会って、レッスンを受けたり、一緒に食事したり、時にはお家に泊らせて頂くような機会は、こちらに来なければできない事でした。

 

(シェリル・ミルンズ氏と。初対面でも、先生の温かいお人柄に触れた。)

 

プライベートの彼らに触れる事で、勉強になったのは音楽も勿論ですが、その人間の大きさでした。皆、なんて真っ直ぐで、人間にリスペクトがあり、海のように広い人間なんだろうと。

留学で、テクニックや美的感覚、確実なバランスの良い発声を学ぶ事はもちろんなのですが、それよりも数える事が出来ないほど、人間としての勉強になっていることを感じます。

 

(チェチリーア・バルトリ氏のレッスン後のひとコマ。チョコレートをプレゼントしたらとてもお茶目にポーズをとってくれた。)

 

-CDでしか聴いたことがない様な歌手たちに実際に会えた時は感動しますよね…更にその方たちにプライベートでもお付き合いができるなんて、夢のようです。お話にもあったように、栗原さんはイタリアにいながら、ヨーロッパの他の国やアメリカでもお仕事など、幅広くご活動されていますが、イタリアと他の国で音楽界の違いなどは感じますか?

 

栗原) イタリアと各国の違いは沢山あり、それはオペラの公演にも良く現れてると思います。アメリカはやっぱり魅せ方が上手いし、イギリスは演劇の基盤を感じるし、ドイツはより独創的なものを求めるし、その中でもイタリアはクラシカルで、より声の美しさに集中した、オペラの公演が多いと思います。

それぞれ少しずつ美的感覚が違いますが、イタリアが他と違うのは、シンプルさを愛していると言う事ですね。発声と同じで、よりシンプルで暖かくて人間的な事を愛するので「人間」という事について非常に考えさせられます。

 

(レナータ・スコット氏のマスタークラスで)

 

-イタリアは、「人間」らしさですか…私も日々の生活の中で、イタリア人の自分の気持ちに正直に生きている姿を見て、学ぶものが多いなと感じているのですが、それが音楽にも現れているのですね。様々な国を見てこられた栗原さんだからこそ、とても説得力があります。一方で、普段の生活の中では、栗原さんにとってリフレッシュできることや方法はありますか?

 

栗原) 今コロナウィルスで難しいですが、環境を変える事が僕のリフレッシュの方法ですね。少し、電車で遠出するとか、違う街に行ってみるとか。その道中の電車の中にいる間の時間が、考えをまとめる大事な時間だったりします。

 

-思い切って環境を変えてみると、新しいアイデアが浮かんできたりもしますよね。コロナウイルスの話題が出ましたが、コロナ前と今で何か心境の変化はありましたか?

 

栗原) そうですね、やはりより命のありがたみを感じました。食べ物が美味しくて、寝床がある所の有り難さと。あとは、音楽が、単純に好きでしょうがないという気持ちです。一刻も早く、生の音でオペラをやりたくてしょうがないですね。

 

(イタリアのサヴォーナにて野外オペラに出演。歌手のレナータ・スコット演出で、オペラ〈蝶々夫人〉のヤマドリを演じた。)

 

(アメリカにて、オペラ〈カルメル会修道女〉のドットーレ・ジャベリノ役を演じた時。)

 

 

-「日常」のありがたみを改めて感じますよね。音楽や文化に関しては、良い方向に向かっていくことを心から祈るばかりです。さて、これまで栗原さんのこれまでのご経験などをお伺いしてきましたが、これから留学を考えている後輩に、一言アドバイスいただけますでしょうか?

 

栗原) 特に教育機関にいると見失いがちですが、自分が、本当に何が「好き」なのか、その感覚に親切に耳を傾けてあげてください。それは意外な事で呼び起こされるかもしれないし、自分で分かってるけど見ないようにしている事かもしれません。でも確実に自分の中に答えがあって、それには誰もケチをつける事は出来ません。

留学は、各々の「好き」を叶えてくれる、最高な方法です。しかし、行く前に色んな人から不安や余計な情報を与えられてしまうと思います。心配いりません。自分で行って、自分の目で見て、自分の肌で感じてください。そうすれば、本当に自分が「好き」で望んでいるものかどうか、分かるはずです。考えるより、行動しましょう!

 

(イタリアの劇場で、オペラ〈愛の妙薬〉のベルコーレ役を演じた時、他の出演者たちと。)

 

-とても心強い、勇気の出るアドバイスをありがとうございます!思い切って踏み出してみる一歩って、大切ですよね。それでは最後に、今後のコンサート予定、今後の抱負、夢など教えてください。

 

栗原) 残念ながら年内は、コロナでほとんど延期になってしまいましたが、来年は色々な所でまたオペラやフェスティバルに関わらせていただく予定です。

また、それと同時にスカラ、ロイヤルやメトなど各劇場のヤングアーティストプログラムのオーディションも受ける予定なので、それに受かったらば、文化庁の研修の終了後その国に移動して所属する予定です。

スカラ座とメトロポリタン歌劇場で歌う事は、なにより目標であるし、毎日その日を想像しながら練習しております!

 

(イタリアの劇場で、オペラ〈愛の妙薬〉のベルコーレ役を演じた時。)

 

 

 

-プロフィール-

栗原 峻希(Kurihara Takaki)

富山県射水市出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。卒業時に同声会新人賞を受賞。同大学院音楽研究科修士課程声楽オペラ専攻を修了。藝大オペラ第62回定期公演W.A.モーツァルト作曲オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》のグリエルモ役としてデビュー。これまでに、オペラ《フィガロの結婚》アルマヴィーヴァ伯爵、《ドン・ジョバンニ》マゼット、その他《魔笛》や《椿姫》、また奏楽堂シリーズ特別演奏会 能 「隅田川」+教会オペラ《カーリューリバー》に出演。日本語のオペラとしては[作曲]千住明オペラ《万葉集》大海人皇子役(千住明指揮)や、[原作・作詞]あおい英斗、[演出]西川右近、[作曲]なかむらたかし、山本雅士、宗川諭理夫オペラ《本能寺が燃える》足利義昭役などに出演。G.F.ヘンデル《メサイア》、J.ブラームスの《ドイツ・レクイエム》など宗教曲のソリストや、L.v.ベートーヴェン《交響曲第九番》、C.オルフ《カルミナ・ブラーナ》のソリスト、そして様々なCMでの声の出演をしている。

アメリカにてオペラ・ネイプルズ・アカデミー(Opera Naples Academy)を受講。その際、講師であるソプラノ歌手のヴェロニカ・ヴィラロエル(Verónica Villaroel)、ヴォーカルコーチのメニー・ペレツ(Manny Perez)、テノール歌手のブルース・フォード(Bruce Ford)の各氏から絶賛を受ける。またその際招待を受け、バリトン歌手のシェリル・ミルンズ(Sherrill Milnes)が開催する、サヴァンナ・ヴォイス・フェスティバル(Savannah Voice Festival)に、またニューヨークでのオペラ・アズ・ドラマ(Opera As Drama)のそれぞれに奨学金を得て参加。ミルンズより称賛を受ける。スイスでは、シルヴァーナ・バルトリ(Silvana Bartoli)が開催するグシュタード・ヴォーカル・アカデミー(Gstaad Vocal Academy)に参加。バルトリから称賛と注目を受け、ザルツブルグでのチェチーリア・バルトリ(Cecilia Bartoli)のマスタークラスに奨学金を得て招待を受ける。そこでシルヴァーナ、チェチーリア両名に高い評価を受け、将来を嘱望される。イタリアでは、レジェンド・ソプラノ歌手であるレナータ・スコット(Renata Scotto)のマスタークラスを受講し、優秀な二名に送られる奨学金を得る。そしてスコットの選出で、テアトロ・オペラ・ジョコーザ(TEATRO DELL’OPERA GIOCOSA)公演で、プリアマール野外劇場にて《蝶々夫人》のヤマドリ役でイタリアデビュー。同じく演出のスコットより大きな称賛を受ける。

マリア・マリブラン国際声楽コンクールファイナル出場(ミラノ)。ベルリン・コーミッシェ・オーパー研修場、ウィーン国立歌劇場研修場ファイナリスト。第35回ソレイユ音楽コンクール優秀賞(第二位)。第47回イタリア声楽コンコルソ ミラノ大賞 (第一位) 授賞。シェリル・ミルンズが開催するOpera Idol vocal competition(オペラアイドル声楽コンクール)にてPeople’s Choice award(聴衆賞)を受賞。ウィーン国際音楽コンクール特別賞を受賞。I CONCORSO INTERNAZIONALE LIONS DI CANTO LIRICO 3rd place(ライオンズ国際声楽コンクール第三位)、Giovanni Consiglio International Competition TIVAA award(ジョヴァンニ・コンシーリオ国際コンクールTIVAA賞受賞)。

 

これまで内山太一、黒崎隆憲、福島明也、Luca Gorla、Sherrill Milnes、Patrizia Zanardi、Roberto Covielloの各氏に師事。留学中に公益財団法人《野村財団》芸術文化助成を受ける。2019年秋より、文化庁の新進芸術家海外研修生としてコレペティトゥアLuca Gorla氏のもと、再度イタリアのミラノに留学中。

 

お仕事のご依頼・問い合わせ: faure5127@gmail.com